腑抜けども、悲しみの愛を見せろ  『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』 2007年 日本
  
  監督・脚本: 吉田大八
  原作:本谷有希子
  出演: 佐藤江梨子、佐津川愛美、永作博美、永瀬正敏
  配給: ファントム・フィルム

 
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ブラックコメディ

<登場人物>
・自意識過剰の姉:佐藤江梨子
・陰気で漫画を書くのが趣味の妹:佐津川愛美
・そんな妹たちをかかえる神経質な兄:永瀬正敏
・その兄と正反対で明るくおちゃめで健気な兄嫁:永作博美

<あらすじ>
生き方が個性爆発の女優志望の姉を間近で観察し続けた妹が、
姉を題材にしたホラー(オカルト)漫画を書いて出品。
それが賞を取ってしまったから、さぁ大変。
本名で出したせいで小さな田舎町でに姉の私生活を暴露する結果となった。
妹を恨みながら、女優を目指す姉。しかし、現実はそんなに甘くない。
両親の不慮の事故で家族全員集まったときにあの悪夢の生活が再び始動する。


自分も周りも全く見えない。
自分を見失うというが、そんなやわなレベルではない!

女優の素質も全く見られず、そのことを拒絶するために周りに
女優の素質がない」と言われる度に暴力で訂正しろと相手を脅す。

人とは違う」私には、女優の才能があると豪語する姉。
確かに「人とは違う」のだが、その観点が他人と違うのだ。


その一方で、普段個性など全く見られない妹。
しかし、漫画で賞を取ってしまうことから世間からは「個性がある」と認めらることに。
それも「人とは違う」姉を持ったためだ。

しかし、妹の書く漫画の主題自体は、妹が考えた訳ではない。
世間は、個性あるものを使用して輝く者を「才能」と認め、
姉のように、すでに個性も持ってしまってる者には「異常者」扱いをする。
その矛盾した世の中の描写が見事である。

姉はそのことに気付かず、
個性=キャラクター」を演じる女優にすがろうとする。

でも、女優は本来、綺麗な媒体(人間)に
「人とは違う=人を感動させる要素を持つ」人を憑依させる仕事である。
媒体自身に大きな化け物が憑依している状態に、新たなものをくっつけみても
その新たな者をゴミと化してしまうことに。
媒体自身にその新たに加える個性をコントロールする力がないからだ。
つまり、2つの大きな個性をぶつけた所で、
グレードアップした1つの個性ある人物を生むとは限らない。

以下、ネタバレ

一番、印象深かったセリフが、

「お姉ちゃんは、自分が面白いことが全然分かっていない!!」

妹が最後に、姉がファンとして文通していた監督というのは、実は自分だとばらし、
さらに「姉が女優になれず、ぐーたれてる生活」を漫画にし、また受賞し、
漫画として生活していくことを告げるラストシーン。

喧嘩で、まずこの言葉は出てこないww
ブラックユーモアというジャンルならではのセリフだろう。


結局、姉と暮らし始めてから、
全員、昔の「おかしい」状態に戻っていく。いや、これまで以上に。

その影響は、兄嫁にまでもたらされる。

この兄嫁、本当に健気で兄(夫)に邪険にされる生活の中でも明るく振る舞い、
兄が大好きでたまらないのだ。

しかし、結婚したものの一度も体の関係がないことを悔やんでいる。

好きじゃないのに結婚したからか?と思いきや、そうではない。
姉に兄もまた、脅されていたのだ。

姉の父に対する暴走を食い止めようとして、
顔に傷を負わされたり、そして姉の自殺を止めようとして言った、
「おまえは俺には必要。」という言葉
(体の関係も持ったので。母の連れ子なため、血は繋がっていない)を逆手にとって、
私以外の女を愛するなと刃物で脅していた。

初めは、ライバルとして眼中なかった兄嫁を意識しだして、
また、破滅の道へと姉は兄を追いやり、最後は自殺までさせてしまう。

なんて恐ろしい女。

妹が、姉に自分(姉自身)のことを理解させることができないと分かったから兄は死んだと叫ぶ。
しかし、姉はそこにはおかまいなしに、女優の才能がないと発したセリフにくいつく。

やはり、分かっていないww

そんな家族達にかこまれ不憫だった兄嫁だが、
彼女もまた薄気味悪い人形作りを趣味にした、変人であった。


みんな、変人になってくって、これどこかで・・・

『赤ちゃん教育』ですね。
でも、あんなに笑えません。ブラックユーモアですから。

冒頭で猫を助けようとしてトラックにひかれて死んだ両親もまた変わった死に方をしている。
みんな、どこか変わっている、「人と違う」家族なのだ。
それは、お葬式で第三者の語り(ヴォイスオーバー)から伺える。

冒頭の、その猫が道路にポツンといる風景(両親の死)が、
ディープフォーカスショット(焦点が全てにあうショット)が使われており、
距離感がつかめない、水平なショットを見せてくれる。

和やかなはずの風景が、黒猫、距離感のつかめなさ、によって
どこか気持ち悪いとうか違和感を感じる。
遠くまで伸びているはずの道路が近くにあるような、感覚になるので。

それは、普通の田舎によくある風景を歪ませており、
これから行われる「ブラックユーモア」的変人な出来事を暗示しているようにも感じる。


結局、自分が面白い=「才能はないが、人とは違う」ことを知った姉は、
妹の漫画の題材になる決意をして、半強制的に妹と東京に戻ることになる。

「もっと、面白いことが待ってる。」と言い放つ姉は、穏やかに眠って映画は終わる。
借金生活の覚悟と「人とは違う」生活を送っているのだという、
自信なのか、そこに楽しみをみつけたのだろうか。

姉の変化後の過酷な生活はきっと、また波乱に満ちて、
漫画の題材に最適の「個性」を妹に与えてくれただろう。

しかし、自分の面白さを知ったことで、面白さへの弊害は?
そこは考えずに。
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