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2008.05.31
『ブラッド・ダイヤモンド』

『ブラッド・ダイヤモンド』 原題『Blood Diamond』
2006年 アメリカ
監督 エドワード・ズウィック 『ラストサムライ』
出演 レオナルド・ディカプリオ、ジャイモン・フンスー
ジェニファー・コネリー
配給 ワーナー
実際にあった、南アフリカ、シエラレオネ共和国のダイヤモンドを巡る紛争を描いている。
RUF(後述)を含めた反政府組織により発掘されたダイヤモンドを紛争ダイヤモンドと呼ぶ。
この紛争ダイヤモンドと引き替えに先進国は武器を提供し、
さらに紛争悪化という事態を招いていた。
それも、先進国は安値でダイヤモンドを取引できるためである。
※RUF(革命統一戦線 Revolutionary United Front)は反政府組織である。
無関係な村人達を襲い、「国の将来は国民の手にある」と述べた政府に対する反抗の意として、
投票させないために村人の"手"を切断するなどの残虐な行為をしていた。
さらに襲った村の子供を教育し、少年兵として抱えていた。
今でも20万人も少年兵はいると言われている。
映画では、"敵"の象徴として、反政府組織はRUFのみとされているが、
実際には様々な反政府組織が存在した。RUFは2004年に武装解除している。
WikipediaとDVD特典のズウィック監督のコメントより
ディカプリオ演じるアーチャーは、この紛争ダイヤモンドこと、
ブラッド・ダイヤモンドの密輸業者だ。
この作品は、導入部のシークエンスが見事!
シエラレオネの綺麗な夕日、医者を夢見る息子とその父親ソロモン(ジャイモン・フンスー)の会話。
その直後に、
RUFが村を攻め、いきなり走り出す親子、村人が残虐に銃殺され、銃を無邪気に撃つ子供の姿、
そして、※での話通りに"手"を切断するシーン。
あっという間に村を地獄にしたRUFの残虐な描写により、
恐怖からストーリーが始まる。
このいきなりの急展開は、とてもリアル。(現実も急に襲われたと思うので。)
その後、
それとの対比で、先進国の冷静なダイヤモンド会議のシーンが
ダイヤモンド採掘シーンの合間、合間挟み込まれる。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!!」
『踊る大捜査線』の有名なセリフだが、いやその通りだと。
現場を見ていない人間が語ったところで、シエラオネの現実はそのまま。
会議の意見がまとまったところで、すぐに事態に急変しない。
ズウィックは、リアルにこの紛争を表現することに徹底したみただが、
上記の導入シーン以降は、リアルさが薄れていたように思う。^^;
「大規模な襲撃シーンでは、カメラマンに人の動きなどは知らせないことで、
彼らは必死に被写体を追いかけるため、動きまくり揺れる映像になり、
実際にその現場にいるようなリアルな感じを出したかった。」とズウィックは言っている。
2度目見たときには、確かに
と感じたが、爆破シーンなど、あまりにもスペクタクルに描こうとしたために、
初めて見たときは、いつも見慣れているアクション映画の1シーンにしか見えなかった。。
そのせいで、皮肉にもリアルさは失われていた。。
また、途中、人の"善悪"についての会話のシーンも。
アーチャーは
「人はみな、善だと思うかい?」と聞かれ、
「人間は人間だ。」と答え、
それに対して相手は、
「現実を見ると、性善説でないことは分かる。」
「人間は行動によって変わる。」とまとめている。
これから監督の意としたものが見えてくる。
そして、ソロモンにもアーチャーは
「国に帰ってからも、結婚せず子供もない生活なんて考えられない。」と言われている。
これらのシーンも含め、
この映画のテーマが「紛争のリアルさ」ではなく、
「欲よりも家族が大切だ。」というメロドラマが主題となっていることが推測できる。
(↑ズウィックも言ってる。)
紛争映画でもメテーマが家族とかw
超古典的ハリウッド映画。
・細切れショットをつなぎ合わせることで、←編集により観客をコントロールする。
観客をディカプリオに感情移入させ、躍動感を与える、←感情移入
そして、
・悪役に感情移入させても嫌悪感を味わせないためのメロドラマな理由付け、←メロドラマ要素 もちろん、
・主題がメロドラマなこと、
・スペクタクルな紛争の描写(ブロックバスター映画(製作費がかかった大作映画)
である証拠の大規模セット)、←スペクタクルな描写、ブロックバスター
これらの特徴が揃っている。
(全て揃ってないと、古典的ハリウッド映画とは言えない訳ではない。)
(古典的ハリウッド映画の中の1ジャンルとして考えている。)
なので、宣伝では「紛争のリアルさ」をアピールしてる点から、
期待はずれ感はあるかと。^^;
ディカプリオ様出てるから、ただの残酷映画にできないのも分かりますが・・・
以下、ネタバレ
追記予定と言いながら、
ほとんど本編で言いたいことは書かせていただきました。
なので、あまり内容は濃くないと思います。^^; ←まあ、いつもですけどw
最近更新も遅く、しかも追記はほんとの追記になっていてすみません。m(=_=)m
では、本題へ。
アカデミー賞で「編集賞」にノミネートされている点からも、
かなり短いショットをたくさん切り換えて、躍動感を与えている。
いくつショットあるかな〜と注意しながらみると分かる。
それは、撮影の大変さも物語っている。
特に、上記で大規模な襲撃シーンといった街のシークエンスで
アーチャーとソロモンが会話しながら言ったり来たりするシーンがあるが、
背後、正面、そして二人の周りを回転したりと、
カメラが一緒に動きながら撮影している。
レンズではなく、カメラごと動く方が、リアルさと躍動感、実感をかもしだしやすいので、
ズウィックもこれを採用。
ただし、カメラごとの時は、
長廻し(別のショットに変わらず、長い間同じカメラから捉えているショット)にした方が
リアルさが生まれるのだが、
細かいショットの切り返しが多いこの作品は
かなりもったいないことをしていると思う。
せっかく、大規模なセットを作ったからには、
その場面に俳優もたくさんの村人も混在していることを強調すべきである。
短いショットは別の場所で撮ったものも全て同じシーンに見せることはできる。
襲撃シーンでスピードと現場にいる視点を映すときは効果的でも、
RUFが採掘させている過酷なシーンや
特に、
ラストのアーチャーが死んでいくロングショット
(風景など人が小さく、演劇での舞台と観客の距離感ほどのショット)の綺麗なシーンでは、
カメラが遠ざかりながら、しばし自然を見せるのかと思いきや、
すぐに夕日の中、ソロモン達を乗せているであろう飛行機が飛ぶシーンに。
しかし、それも短く、都会ロンドンのシークエンスが始まる。
都会と比較するために、
自然の風景の後に騒がしい道路のシーンにしたと監督は語っているが、
対比させるためなら、アーチャーの死んでいくシーンを長廻しにするか、
飛行機のシーンを長くすることで、
自然のゆったりした時間の流れとせかせかと動く都会の時間を映した方がよかったかなと思う。
長廻しなど、長いショットはスピードの遅さや静(動きにおいての)を表せる。
「死=止」も意味するため、
よく、人の死をみせるときに長いショットや動きのない映像を使うことは多い。
せっかく綺麗なシーンだたっため、そこがとてももったいなく感じた。
今回は、編集について生意気に話させていただきました。
映画って、編集でも色々と雰囲気・見方を変えられるように
とても心理的要素をたくさん含んでて面白いですよ♪
ほとんど本編で言いたいことは書かせていただきました。
なので、あまり内容は濃くないと思います。^^; ←まあ、いつもですけどw
最近更新も遅く、しかも追記はほんとの追記になっていてすみません。m(=_=)m
では、本題へ。
アカデミー賞で「編集賞」にノミネートされている点からも、
かなり短いショットをたくさん切り換えて、躍動感を与えている。
いくつショットあるかな〜と注意しながらみると分かる。
それは、撮影の大変さも物語っている。
特に、上記で大規模な襲撃シーンといった街のシークエンスで
アーチャーとソロモンが会話しながら言ったり来たりするシーンがあるが、
背後、正面、そして二人の周りを回転したりと、
カメラが一緒に動きながら撮影している。
レンズではなく、カメラごと動く方が、リアルさと躍動感、実感をかもしだしやすいので、
ズウィックもこれを採用。
ただし、カメラごとの時は、
長廻し(別のショットに変わらず、長い間同じカメラから捉えているショット)にした方が
リアルさが生まれるのだが、
細かいショットの切り返しが多いこの作品は
かなりもったいないことをしていると思う。
せっかく、大規模なセットを作ったからには、
その場面に俳優もたくさんの村人も混在していることを強調すべきである。
短いショットは別の場所で撮ったものも全て同じシーンに見せることはできる。
襲撃シーンでスピードと現場にいる視点を映すときは効果的でも、
RUFが採掘させている過酷なシーンや
特に、
ラストのアーチャーが死んでいくロングショット
(風景など人が小さく、演劇での舞台と観客の距離感ほどのショット)の綺麗なシーンでは、
カメラが遠ざかりながら、しばし自然を見せるのかと思いきや、
すぐに夕日の中、ソロモン達を乗せているであろう飛行機が飛ぶシーンに。
しかし、それも短く、都会ロンドンのシークエンスが始まる。
都会と比較するために、
自然の風景の後に騒がしい道路のシーンにしたと監督は語っているが、
対比させるためなら、アーチャーの死んでいくシーンを長廻しにするか、
飛行機のシーンを長くすることで、
自然のゆったりした時間の流れとせかせかと動く都会の時間を映した方がよかったかなと思う。
長廻しなど、長いショットはスピードの遅さや静(動きにおいての)を表せる。
「死=止」も意味するため、
よく、人の死をみせるときに長いショットや動きのない映像を使うことは多い。
せっかく綺麗なシーンだたっため、そこがとてももったいなく感じた。

今回は、編集について生意気に話させていただきました。

映画って、編集でも色々と雰囲気・見方を変えられるように
とても心理的要素をたくさん含んでて面白いですよ♪
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管理人 risu
ご訪問ととても嬉しいコメントありがとうございます!
同じ映画ブログをされている方から
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2008/06/05 Thu 05:30 URL [ Edit ]
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